episode 5 「見えない指先」
「@grok 要約して」
ちょっと違和感の残る文脈も行間も、
まとまらずに投稿ボタンを押した指先も、
許されなくなっているように感じた。
はじめはなんとも思ってなかった。
とりあえず触ってみよう、なんて気も起こらず、
また今回も、イノベーターたちを眺めている。
そしていつしか大衆のものになって、
タイムラインにドドド、と立ち並ぶ。
@grok 要約して
@grok ファクトチェック
grokというAIツールがXに実装されてもう何ヶ月だろう。
とても便利でキャッチ―なそれは、瞬く間に使用者の範囲をひろげ、
X上には「@grok 」をつけたラブコールが並べられていく。
Xといえば、短文のSNS。
課金すれば長文(最大25,000字!)も書けるものの、実際は長くてもせいぜい500〜1000字の文章。
でも、そこに並べられる要約やファクトチェックを求める声は
「読んで理解する時間さえ惜しいのよ、あなたの文章など」と言わんばかりに。
よくわからないことをいち早く解決したい。
生産性が命!の現代っぽい。
とても納得できる。
できるんだけれど。
ちょっとだけ、さみしい。
解決なんてしないでよ
まとまりのないこの気持ちでさえも受け取ってよ
あなたに感じ取ってほしくてわざと空けた行間は、
ないものになるの?
平成のメンヘラよろしく、どうしたって無駄な時間にエモさや余韻を感じてならない。
センター問い合わせも知らないあなたに
いつだって、無駄の中に価値があると思っていて。
恋愛は成立前の一喜一憂が醍醐味で
文化祭は当日までのすったもんだがもはや本番で
名探偵コナンはCM中にやきもきするのが定番で。
いつだって、ほんとうのことなんて見えないうちが
じれったくてイライラしてソワソワして
楽しいものなんじゃないの。
すぐに正解らしきものが手に入る今を生きてるうちに、
いつまでも問い合わせ画面を見つめた小さなガラケーの画面を
アンテナを伸ばし、部屋で電波を探していた後ろ姿を
忘れてしまうのかな。
出会いたいのは
今だって。
画面の上を滑らせながら、
文字を打ち込む指に、
文章を読み取る瞳に、
画面の向こう側に、出会いたい。
見えないところも、その余白も、
見せてほしいのは
知りたいから。
文字でのやり取り以上に
ずっとずっと、近くなっていると思うの。
弱さも見せてほしいと思うのは、
私がもう、自分の弱さをも見てほしいと
思っているからなのかも。
送るか躊躇した文面の、
整えなかったあなたの文章に
出会ってみたいから。
たまには要約しないで
伝えてほしいと思うんだ。
すごく、すごく勝手だけれど。
あなたにとって
画面の向こう側の会いたい人は、誰ですか?